2026/03/08 16:14
親が年を取っていく姿を見るとき、私たちはとても複雑な気持ちになります。
今まで頼りにしてきた親が
・歩くのがゆっくりになったり
・物忘れが増えたり
・少しずつ弱っていく姿
を見ると、どこかで
「そんなはずない」
「まだ大丈夫」
そう思いたくなりますよね。
【親はいつも自分を守ってくれる存在?】
よく
「親はいつまでも自分を守ってくれる存在」
と言われます。
でも私は、この言葉に少し異議があります。
皆さんの親御さんは、本当にそういう存在でしたか?
私の父は、家族を守ろうとする人でした。
無条件の愛で家族を支えてくれた人です。
けれど母は少し違いました。
母はとても自由で、
自分が最優先の人でした。
もちろん家族への愛はあるのですが、
何にしても自分が中心という人だったのです。
そのため、子どもの頃から
「母の暮らしを応援するのは娘である私」
そんな関係だったように思います。
【親にもいろいろなタイプがいる】
母は父にとても依存していました。
その父が
認知症になったとき
家族の関係は大きく変わりました。
この経験を通して、私は多くの人の
「娘の心」
「家族の思い」
を見ることになりました。
だから思うのです。
親は必ずしも
「いつも守ってくれる存在」
ばかりではありません。
それでも私たちは、親の介護という場面で
さまざまな感情を経験します。
【親にイライラする自分】
介護の場面では
「親にイライラしてしまう」
という声をよく聞きます。
一般的には
「それは親を大切に思っているから」
と言われることがあります。
でも私は、少し違うと思っています。
【親の介護で見えてくる自分の未熟さ】
親にイライラするのは
優しいからではありません。
自分が未熟だからです。
親を超えられていないからです。
でも、それでいいのです。
親の介護は
・自分の弱さ
・自分の愚かさ
・自分の冷たさ
を見せてくれる時間でもあります。
そこから、自分自身を学ぶことができるのです。
【親の看取りで残る後悔】
ある方がこんな話をしてくださいました。
お父様の最期のときのことです。
「リンゴのすりおろしを一口飲みたい」
そう言った父に、
リンゴの汁を一口飲ませてあげることができなかった。
拘束されている父のミトンを
外してあげることができなかった。
「それを外してしまったら
父がもっと早く亡くなってしまうかもしれない」
そう思ってしまった。
そしてその方は言いました。
「自分は一生この後悔を背負って生きると思います」
【親の介護の本当の姿】
私はその方にこう答えました。
「一生後悔して生きたらいい」
それが
親の介護の正体だからです。
多くの人が
あのときの自分を思い出しながら
今日を生きています。
けれど時間は、その後悔を
・優しさに変え
・思い出に変え
・親からのメッセージに変えていきます。
【親を送ってから始まる対話】
実は、親を見送ってから
本当の対話が始まることがあります。
親との関係を
もう一度自分の心の中で見つめ直す時間です。
だから私は
親の介護と看取りはギフト
だと思っています。
【人生ケアという考え方】
怒ったり
泣いたり
笑ったり
そんな思いを安心して話せる仲間がいること。
それは、何にも代えがたい人生の支えになります。
人生ケアの学校では
皆さんの思いを
安心して話せる場所を
作っていきたいと思っています。
今日も読んでくださりありがとうございます。
人生ケアは、学べるものです。
(stand.fmリンク)
